新田原基地 まさ's
DAILY
PHOTO GALLERY
(2001.2.3 オープン)
(2001.9.7 設置)
2027(令和9)年9月2日
No.8985
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
This
is a takeoff of 304SQ-F4EJ taken from JASDF-Nyutabaru
base on February 16, 1988.
Around this time, there was a Japan-US joint
training exercise at Nyutabaru Air Base, with US
Air Force 67FS-F15Cs flying from Kadena Air Base
and F1 fighter jets and 304SQ-F4EJs flying from
Tsuiki Air Base.
The 304SQ F4EJ had an identification belt wrapped
around the fuselage. |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
This
is a takeoff of 301SQ-F4EJ taken from JASDF-Nyutabaru
base on February 16, 1988.
Around this time, there was a Japan-US joint
training exercise at Nyutabaru Air Base, with US
Air Force 67FS-F15Cs flying from Kadena Air Base
and F1 fighter jets and 304SQ-F4EJs flying from
Tsuiki Air Base. |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
| This
is F4EJ of 301SQ taken at JASDF-Nyutabaru base in
October 1990.These aircraft were painted to raise
their fighting spirit in order to participate in
the JASDF-Combat Competition.It seems that No.
271 was the captain's aircraft, and there are two
stars written on the air intake vane. |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは、1991.09.10に新田原基地で撮影した301SQにF4EJのRW10降りです。
この年の戦技競技会参加のための派手な塗装を機体に施していました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
新田原基地の301SQにF4EJ-改が配備されたのは1991年4月でした。
1991年7月25日に、初めて「改」になった434号機を確認しました。
胴体の上部の大きなアンテナと垂直尾翼上部のアンテナ、そしてとっても大きな
ハイ-Gタンクを目に焼き付けました。
この日は、初物ゲットに歓喜しました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
| This
photo of the T33A and F4EJ of 301SQ was taken at
the RW10 end of JASDF Nyutabaru Base on February
19, 1986. |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
This
is an F4EJ of 301SQ, photographed at JASDF-Nyutabaru
base on November 25, 1991.
Several F4EJs took off following the F4EJ-393,
which was towing a dart target. |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
1990.06.06に新田原基地で撮影した、301SQの1989年戦技競技会参加塗装のF4EJ機です。
胴体の「Amigo」の文字をのみを消していました。
キャノピー付近と垂直尾翼が黒いだけで、これらの追いかけていました。
1990年9月の戦技競技会後には、胴体に星マークが追加されていました(4枚目写真)。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
1991.11.25に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJの離陸です。
この日は、秋の澄んだ空気で背景がとってもきれいでした。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
1989年09月25日に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ 397号機です。
2か月後の1989年11月26日に見たときは、ど派手な戦競塗装を機体に施しており歓喜しました(^^)。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
1991.07.25、新田原基地で通常訓練の撮影を一通り終え、カメラ内に残ったフイルムを消化するためにRW28エンドで「何か来ないかなあ。」と日暮れまで待っていました。
夕暮れ間際になって、F4EJ−372号機がタキシーしてきました。
この機体は、胴体下にミサイルターゲットシステム
「A/A47U-3」を装着していました。「よし!。ヤッター。」と期待しました。
しばらくすると、AIM9Lミサイル(実弾)を付けたF4EJが2機タキシーしてきました。
撮影を終えて、大喜びしながら帰路につきました(^^)。
|
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これはF4EJ 4機による編隊飛行です。
上写真は304SQ機 1984年11月25日 新田原基地航空祭で撮影。
中写真は301SQ機 1989年11月26日 新田原基地航空祭で撮影。
下写真は305SQ機 1992年 9月12日 百里基地開庁25周年記念式典で撮影。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは新田原基地で撮影した塗装を施した301SQ-F4EJ の編隊離陸です。
・1枚目は 1986.01.28撮影。(428号機
: ミグ21塗装機)
・2枚目は 1989.11.26撮影。(369号機と415号機
: 1989年戦技競技会参加塗装機)
・3枚目は 1992.11.24撮影。(398号機
: 1992年戦技競技会用 フェイカーF1戦闘機塗装機)
・4枚目は 1994.05.09撮影。(351号機と434号機
: 1994年戦技競技会用 フェイカーF1戦闘機塗装機)
・5枚目は 1999.04.27撮影。(305号機
: 1999年戦技競技会用 フェイカー塗装機) |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
新谷かおるさんの人気漫画「ファントム無頼」の影響を受けてでしょうか、実物のF4EJにも「新撰組」機が出現し、私たちマニアを喜ばせてくれました(^^)v。
・348号機 304SQ 1986.11.16 築城基地航空祭撮影(1枚目及び2枚目写真) 。
・438号機 305SQ 1992.09.11 百里基地開庁25周年記念式典で撮影(3枚目写真)。
・「ファントム無頼」680神田号機(4枚目及び5枚目)
株式会社 ハセガワ サイトから引用しました。
http://www.hasegawa-model.co.jp/userwork/80c1207/。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは301SQのF4EJー384号機と425号機の編隊離陸ショットです。
・上は1988.02.08に、日米共同訓練時に撮影した写真です。
両機ともに、ガルグレーの旧正式塗装でEJ型でした。
・下は1994.05.09に、1994年戦技競技会前に撮影した写真です。
384号機は、ガルグレー旧正式塗装の上から青系グレーをオーバースプレイした戦技競技会参加塗装でした。
425号機は、新制空迷彩塗装になっていました。(両機ともEJ「改」になっていました。) |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
「キルマーク」付きのF4EJです。
・1枚目は、1992.08.21に新田原基地で撮影した301SQの354号機です。
1992年戦技競技会塗装機です。
・2枚目は、1992.09.11に百里基地で撮影した305SQの438号機です。
1992年戦技競技会塗装機です。
・3枚目は、1995.05.08に新田原基地で撮影した301SQの384号機です。
1995年戦技競技会塗装機です。
この機体は、実際に岐阜基地所属のQF104Jを撃墜した機体のようです。
インテークベーンにQF104の部隊マークである「赤いサソリ」を書いていました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
1984年初め、百里基地所属だった301飛行隊のF4EJ-428号機の機体全体に、仮想敵機である「ミグ21」のシルエットをグリーンで描かれた機体が出現しました。
私は当時、雑誌でこの機体を見て、撮りたくてたまらずウズウズしました。
1985年2月に、301SQが新田原基地に移駐してきました。
その中にミグ21塗装のF4EJがいるのを見て、私は狂喜してこの機体を撮るために新田原基地に通いつめました。
下は、1985年4月から1986年1月までに撮影した428号機です。
途中、「部隊マークは、日の丸の大きさ内に収まること。」という空自上層部の指令に基づいて、「カエル」の部隊マークが小さくなりました。
5枚目写真は、模型サイトnippper から引用しました。
https://nippper.com/2021/07/32748/ |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
上は、1992.08.21に新田原基地のRW28エンドで撮影した301SQ-F4EJ改-ガルグレー塗装の328号機です。機体のテカリが美しいです。
下は、1994.07.18に上と同じ場所で撮影した301SQ-F4EJ改-ガルグレー塗装の386号機です。
1994年の戦技競技会参加のために、青系グレーで機体上面をオーバースプレイしていました。
この塗装も美しいと思いました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
上は、1986.12.01に新田原基地のRW28エンドで撮影した301SQ-F4EJ 398号機です。
301SQ-F4は、1985年2月に百里基地から新田原基地に移駐してきました。
移駐後1989年11月までの間、301SQ-F4の機体には、特別塗装やステッカー貼りは一切なされませんでした(TT)。
唯一、ダーツターゲットマシンにシャークの顔が書いてありました。
下は、1993.03.09に小松基地で撮影した306SQ-F4EJ 368号機です。
この機体も、シャークの顔を書いたダーツターゲットマシンを装着していました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは、1989年11月26日に新田原基地航空祭で撮影した301SQ-393号機です。
301SQ-F4は、1985年2月に百里基地から新田原基地に移駐してきました。
移駐後この月まで、301SQ-F4の機体には、特別塗装やステッカー貼りは一切なされませんでした。
この日、この特別塗装のF4を見て、驚愕・歓喜しました。
下は、1990年10月19日に新田原基地で撮影した通常塗装に戻った同機です。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは、1987.08.17に新田原基地のRW28エンドに離陸のためにタキシーしてきたF4EJ 2機です。
ミサイル発射訓練のためにAIM9L(実弾)を付けていました。
通常、タキシーウエイ上ではキャノピーを開けているのですが、スクランブル発進の訓練を兼ねていたのでしょうか?。この2機のみはそれを閉じていました。
428号機は、1年半前まではグリーンのミグ21塗装を機体全面に施していましたが、この時はきれに落としていました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これらは1991.07.25に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJのタイトな編隊離陸です。
300mmレンズで、F4離陸の真横ショットが撮れました。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは、1988年8月9日(323号機と369号機)と1991年7月25日(353号機と354号機)に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJです。
背景の夏の風物詩と言われるモクモクと上がる入道雲が、南国宮崎の新田原基地らしくて気に入っています(^^)。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
これは、1991年11月25日の夕方にに新田原基地で撮影した301SQ-F4EJkaiです。
秋の冷えた空気で、背景が澄んで見えて気に入っています(^^)。 |
ー・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−
このホームページに関するご意見は
「まさ」までどうぞ。
まさ のプロフィールは→こちらです。
このホームページ(「特集」及び「資料」を含む)並びに
このホームページに掲載している画像の二次利用は自由です。
|
|
|