新田原基地 まさ's
DAILY
PHOTO GALLERY
(2001.2.3 オープン)
(2001.9.7 設置)
2027(令和9)年9月5日
No.8988
これは、1984年4月8(日)に開催された 海上自衛隊 鹿屋航空基地航空祭で撮影した 第203教育航空隊 のP2Jです。
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| これは、1984年4月8(日)に開催された 海上自衛隊 鹿屋航空基地航空祭で撮影した S61A救難ヘリコプターです。 |
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これは、1984年93年1月22日(日)に開催された新田原基地航空祭でデモフライトを行った
海上自衛隊 第1航空群 第11航空隊
所属の 対潜哨戒機 グラマンS2F-1 トラッカーです。
この機体は、2ケ月後の1984年3月に全機退役しました。
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これは、1984年1年22日(日)の新田原基地航空祭です。
1983年に海上自衛隊 厚木基地第6航空隊に初配備されたばかりの「P3Cオライオン」が新田原基地に飛来し、帰投時にタワー上空でフライパスを行ってくれました。
垂直尾翼の部隊マークは、厚木基地のP-3Cの愛称である「オライオン(オリオン座)」を大きく描いていました。
初めて見るP3Cに感動で胸が震えました。帰宅後、直ぐに大判プリントサイズに伸ばして額縁に入れて飾っていました。 |
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上の写真は、1984年1年22日(日)の新田原基地航空祭で撮影した、熊本県の陸上自衛隊高遊原駐屯地から飛来したLR-1です。
この機体は、日本の三菱重工業が製造した多目的小型ビジネス飛行機で、双発のプロペラ機 MU-2 です(1963年初飛行)。
陸上自衛隊は、このMU-2をLR-1として採用し、連絡偵察機として使用しました。
この頃の機体は、黒一色の体塗装でしたが、その後に森林迷彩塗装に変更されました。
2016年2月15日に用途廃止され、LR-2(ホーカー・ビーチクラフト社製スーパーキングエア350)に引き継がれました。
2枚目写真は、1989年10月22日に熊本空港で撮影した沖縄県の陸上自衛隊第101飛行隊に配備されていたLR-1です(この日、健軍駐屯地祭に飛来しました)。
沖縄のLR-1は、通常の森林迷彩塗装ではなく、オリーブドラブを基調とした白とオレンジ色に塗られた沖縄仕様でした。
3枚目写真は、1994年6月22日に新田原基地で撮影した新田原救難隊のMU2-Aです。
航空自衛隊は、MU-2Aとして採用し、救難捜索機として使用しました。
1994年3月22日に用途廃止され、U125A(ホーカー・ビーチクラフト社製ホーカー
800)に引き継がれました。
4枚目写真は、1991年12月16日に新田原基地で撮影した、入間基地所属の飛行点検隊のMU-2Jです。
航空自衛隊は、MU-2Jとして採用し救難捜索機として使用しました。
1994年3月22日に用途廃止され、U125(ホーカー・ビーチクラフト社製ホーカー
800)に引き継がれました。
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これは、1986年7月11日に新田原基地で撮影した入間基地、小牧基地及び美保基地のC1輸送機です。
この頃、北海道にソ連軍が侵攻することを想定して、九州各地の陸上自衛隊部隊をフェリー、鉄道、航空機等を使用して迅速に移動する「北方機動演習」が行われました。
この日は、新田原基地に集結した九州南部の陸上自衛隊部隊を千歳基地に移動するために、航空自衛隊の輸送部隊のC1輸送機及C130Hが頻繁に飛来と離陸を繰り返しました。
この日だけで、日本の大半のC1輸送機が飛来しました。私にとって、まさに「C1デー」でした。
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これは、1988年7月31日(日)に開催された岐阜基地航空祭で撮影したSTOL機の「飛鳥」です。
飛鳥は、航空宇宙技術研究所が開発したSTOL(短距離離着陸)飛行実験機です。
以下(Wikipediaから引用しました。)
飛鳥は、航空自衛隊のC-1輸送機をベースに、当時開発中だったFJR710エンジンを4基搭載したSTOL実験機が開発された。
「飛鳥」は1985年10月28日に初飛行し、1989年3月まで、3年半の間に97回、計167時間10分の飛行実験を行なった。
研究成果を踏まえて量産化との期待もあったが、地方空港にも長い滑走路が整備されるようになったため、国策としてSTOL旅客機の開発の必然性が薄れたこと、STOL機の開発技術力はあったとしても、個別機体開発ごとに多額の費用が掛かることが判明したため、実用化は見送られた。
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これは、1984年11月25日(日)の新田原基地航空祭終了後、 夕暮れ時に、松島基地に帰るために離陸する第4航空団第21飛行隊のT33Aです。
白地に緑の松葉による「4」をデザインした部隊マーク付きのT33A、この時初めて見ました。
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上の写真は、1986年7月22日に新田原基地で撮影した、三沢基地所属の発足間もない601飛行隊のE2Cです。
私は、E2Cをこの日初めて見ました。皿付きで垂直尾翼が4枚もある珍しい航空機に興奮しまくりました(^^)。
下の写真は、1986年11月16日の築城基地航空祭で、初めて地上展示された601飛行隊のE2Cです。
航空祭終了後、三沢基地に帰る際に築城基地タワー上空で、派手なバンクをしました。
(以下 ウキペディアから引用しました。)
1976年に発生した函館空港へのソ連防空軍MiG-25戦闘機の強行着陸事件後を受けて、早期警戒機としてE-2Cが導入がされることとなりました。
1983年11月15日に三沢基地臨時警戒航空隊臨時第601飛行隊が編成され、E-2Cの試験運用が開始されました。
1986年4月5日に正式に601飛行隊が発足しました。
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これは、1987年11月15日の築城基地航空祭終了後、美保基地にかえるYS-11とC1輸送機です。
このころの築城基地航空祭は、エプロンだけでなくRWに沿ってRW07エンドまで基地内が解放されていました。
マニアにとって、とっても撮影しやすい航空祭でした。
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これは、1987年9月21日に、新田原基地で撮影したAGR-T2です。
このころのT2の塗装は、大きく2パターンありました。
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これは、1985年12月1日(日)に、新田原基地航空祭で撮影した海上自衛隊岩国基地の第31航空群第71航空隊所属のUS1の離陸です。
目の前で「ふわっ!。」と短距離離陸しました(@@)。 「さすが、救難飛行艇!!。」と感心しました(^^)。
2枚目は、1991年9月15日の芦屋基地航空祭で撮影。
3枚目は、1991年11月30日の新田原基地航空祭で撮影。 |
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| これは、1984年11月25日(上写真)と1990年11月25日(下写真)に、新田原基地航空祭で撮影した航空自衛隊南西航空混成団のB65の離陸です。 |
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| これは、1985年10月15日に新田原基地で撮影した、RW10エンドに向かう海上自衛隊 徳島教育航空群の第202教育航空隊のTC90(ビーチクラフト
キングエアC90)練習機です。 |
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| これは、1985年8月2日に新田原基地に飛来した海上自衛隊 厚木基地 第61航空隊所属の YS-11M(輸送機)です。
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これは航空自衛隊 芦屋基地 第13飛行教育団のT1ジェット練習機です。
(垂直尾翼のマーク 第1教育飛行隊は青色、第2教育飛行隊は白色)
1枚目 1987.11.29 新田原基地航空祭にて撮影 。
2枚目 1990.11.25 新田原基地航空祭にて撮影。
3枚目 1991.09.15 芦屋基地航空祭にて撮影。
4枚目 1991.12.01 新田原基地航空祭にて撮影。
T1ジェット練習機について 以下 ウキペディアから引用しました。
日本の富士重工業が開発した亜音速のT1ジェット練習機です。T1練習機は、航空自衛隊レシプロ機による初等訓練を終えたパイロットがつづいて訓練するための中等練習機として用いられました。
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これは、1984年11月25日(日)の新田原基地航空祭です。
204SQのF104Jが退役を前にして、多くの観衆を前に最後のデモフライトを行いました。
かなり派手な迫力あるデモフライトに、観衆は酔いしれました(^^)。 |
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これは、1989年11月26日に開催された新田原基地航空祭で撮影した小牧基地所属のC130Hー077号機です。
離陸後、タワー上空を軽くバンクしながらフライパスしました。
その後、この077号機は、1996年の航空自衛隊創設40周年記念塗装機になりました。 |
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これは、1996年11月24日に開催された新田原基地航空祭で撮影した小牧基地所属のC130Hー077号機です。
航空自衛隊創設40周年記念機塗装として、小牧基地401飛行隊のペガサスを胴体後部に大きく描いていました。 |
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これは、1984.1.22に開催された新田原基地航空祭でタワー上空をローパスする小牧基地のC1(上写真)と、1985.213に新田原基地で撮影した入間基地のC1(下写真)です。
先日の「「くっそー!12cm負けた」嬉しそうなC-1輸送機、退役間近に小中高生60人相手に名勝負」のニュース、最高に素晴らしかったです(^^)。
なんと002号機は、今入間基地にいるんですね(@@)。
https://flyteam.jp/news/article/141033 |
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1991.12.16に、航空自衛隊飛行教導隊発足10周年記念式典がありました。
飛行教導隊は、1981年12月17日に
築城基地にて、T-2高等練習機を使用して発足しました。
その後、1983年3月16日に 飛行教導隊は、新田原基地へ移動し、1990年春にF15DJに機種変更しました。
記念式典当日は、F15DJ 4機によるハイスピードの編隊離陸とダイヤモンド隊形によるデモフライトを行いました。 |
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これは1989年11月26日の新田原基地航空祭終了後に、海上自衛隊鹿屋基地に帰る第1航空隊のP3Cと第7航空隊の
P-2J です。
第7航空隊は1985年に新編された部隊で、垂直尾翼には鹿屋基地がある鹿児島県の地図をアレンジしたマークを描いていました。
マニアからはそのマークの形から「オメガ」と呼ばれていました。 |
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これは1991.12.01の新田原基地航空祭で撮影した海上自衛隊鹿屋基地第1航空隊のP3Cと
1991.08.07に厚木基地で撮影した鹿屋基地第7航空隊の
P3C です。
この時に見た第7航空隊の「オメガ」は、P2JからP3Cに変わっていました。 |
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これは、1985.08.29、1986.01.09、1991.08.26に新田原基地で撮影したAGRの支援機T33Aの3態です。
部隊マークのコブラが、一際大きく見えます。
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これは、私が1990.06.06に新田原基地で撮影したAGR-F15です。AGRの使用機がT2からF15に機種変更されたころです。
当初の部隊マークのコブラは、一際大きかったようです。 |
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これは、1989.11.26、1991.10.21に新田原基地で撮影した海上自衛隊岩国基地所属のU36Aです。
海上自衛隊は、ゲイツ・リアジェット社の長距離型リアジェット36Aを、チャフ散布などの電子兵器、標的曳航、訓練評価用カメラ、対艦攻撃機の役割などをおこなう多用途機として、1987年から6機採用しました。
とってもスマートな美しい機体で、私が大好きな航空機です。
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これは、1991.12.01の新田原基地航空祭、1988.07.31の岐阜基地航空祭及び1991.09.15の芦屋基地航空祭で撮影したAPWと防府北基地のT3初等練習機です。
(以下 Wikipediaから引用しました。)
T-3は、航空自衛隊のレシプロエンジン単発の初等練習機で、パイロット教育課程の学生(訓練生)が最初に乗る機体である。
富士重工業が製造し1974年9月26日に初飛行した。
30年間近くパイロット育成に使用され、2007年4月23日に退役した。 |
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1985年12月1日の新田原基地航空祭に、沖縄県の那覇基地207Sq所属のF104Jが2機飛来しました。
207飛行隊は閉隊を目前に控えており、このF104Jも退役直前でした。
この2機は、航空祭終了後に新田原基地から那覇基地に帰る際に、タワー上空を左右にバンクしながら「さよならフライト」をしてくれました。
これから半月後の12月中旬に、207SQのF104J 2機は、かってF104が在籍した日本全国の航空基地を巡回訪問したそうです。
その時の様子を箱絵にしたプラモデルが、長谷川製作所から販売されました。 |
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