新田原基地 まさ's
DAILY
PHOTO GALLERY
(2001.2.3 オープン)
(2001.9.7 設置)
2027(令和9)年10月03日
No.9016
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2024年10月17日
1992.07.22に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
左翼下に、小さい模擬爆弾を抱えていました。 |
2024年10月17日
1992.10.10に築城基地で撮影した301SQ-F4EJ改のRW25エンドのタキシーです。
この年は、F1戦闘機を模した森林迷彩塗装を施した機体が2機でました。
どういう理由かわかりませんが、両機は森林迷彩の「濃淡の松葉色」の部分が反転していました。 |
2024年10月17日
1994.05.09に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改のランディングです。
この年もF1戦闘機を模した森林迷彩塗装を施した機体が2機でました。
この年の機体は、さらにF1戦闘機に見えるように、垂直尾翼をシルエット塗装していました。
また、両機は森林迷彩の「濃淡の松葉色」の部分が反転していました。 |
2024年10月17日
1995.05に新田原基地で撮影した301SQのF4EJ改です。
この年の戦技競技会参加塗装を機体に施していました。
このころ、航空自衛隊のF4EJは機体の正式塗装の変更時期でした。
422号機は、新制空迷彩塗装で機番及び日の丸も小さくなっています。
384号機は、旧ガルグレー正式塗装の上からブルー系の艶消しグレイをオーバースプレイしていました。 |
2024年10月17日
1990年前後に新田原基地で撮影した、301SQのF4EJです。
301SQのF4EJは、1985年に百里基地から新田原基地に移駐してきてしばらくの間は、機体にシャークマウスや迷彩塗装を施すことが有りませんでした。
その代わり、ダーツターゲットマシンにシャークマウスを描いて部隊の気合を示していました。
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2024年10月17日
1997.02.24に新田原基地にて撮影した、301SQのF4EJ改の離陸です。
302SQから301SQに機体交換で来たばかりで、機首に302SQ時代の戦技競技会参加時のシャークマウスの跡が残っていました。
マニアとしては、シャークの痕跡でも「お宝機ゲット!!」と大喜びしました(^^)。 |
2024年10月17日
1994年10月に、新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
このころは、新旧の正式塗装機が一緒に飛んでいました。
421号機は、この年の戦技競技会参加機で、垂直尾翼に「SU Eaters」の文字が書いてありました。
これは、「仮想敵国のスホーイを貪り食う部隊。」という戦意高揚のための書き込みだそうです。 |
2024年10月17日
1994年6月ー7月に新田原基地で撮影した、離陸に向かう301SQ-F4EJ改です。
このころは、新旧の正式塗装機が一緒に飛んでいました。
これらの機体は、新制空迷彩塗装に似せて旧ガルグレー正式塗装の上からブルー系の艶消しグレイをオーバースプレイしていました。
384号機は、この年の戦技競技会参加機で、垂直尾翼に「SU Eaters」の文字が書いてありました。
これは、「仮想敵国のスホーイを貪り食う部隊。」という戦意高揚のための書き込みだそうです。 |
2024年10月02日
新田原基地のRW28エンドで撮影した、離陸を終えてエプロンに向かう301SQ-F4EJ改です。
上の写真(1992.08.21撮影)は、ガルグレーの旧正式塗装機です。
光の当たり具合にもよるのでしょうが、機体が「てかてか」と光ってとても美しいです。
下の写真(1994.07.18撮影)は、新制空迷彩塗装に似せてガルグレー旧正式塗装の上からブルー系の艶消しグレイをオーバースプレイした機体です(1984年戦技競技会参加塗装機)。テカリが全く見えません。 |
2024年10月18日
これは1998年に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改の離陸です。
当時あった「水路ポイント」で撮ると、風向きに関係なくF4の脚上げショットが撮れました(400mmレンズ使用です) |
2024年10月18日
これは1998.05.19に新田原基地のRW28エンドで撮影した
301SQ-F4EJ改です。
この年の戦技競技会参加機です。この年は機体のエアインテークベーンに描いたスプークのイラストのみでした。 |
2024年10月18日
これは1991年11月に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
当時あった「水路ポイント」では、風向きに関係なく300mmレンズでF4の編隊離陸を撮れました。 |
2024年10月18日
これは新田原基地の「水路ポイント」で撮影した、301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
上は300mmレンズ、下は400mmレンズで撮影したショットです。 |
2024年10月18日
1998.04.20(上)と
1999.05.12(下)に新田原基地撮影した302SQのF4EJ改の編隊離陸です。
このころは、戦況前のこの時期になると、那覇基地の302SQのF4が新田原基地に飛来して一緒に訓練していました。 |
2024年10月18日
1991.08.26(上)と
1999.04.27(下)に新田原基地撮影した301SQのF4EJ 318号機のタキシーです。
この機体は、改に改修されずに最後までEJのまま新田原基地で活躍したようです。 |
2024年10月18日
1986.10.03に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJの低視認塗装を施した 327号機です。
この機体は、日の丸、機番及び部隊マークを一回り小さくして、その上からガルグレイでオーバースプレイしていました。
下は、同機の通常塗装との比較写真です。
このころ、全国の航空自衛隊の戦闘部隊から、低視認塗装機が3機ほど出現しました。 |
2024年10月18日
1996.12.03(上写真)と
1999.05.12(下写真)に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改の離陸です。
これらの写真の背景に、小松基地及び那覇基地から新田原基地に飛来して、訓練のために駐機しているF4EJが見えます。 |
2024年10月18日
これは、2000.09に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改の離陸です。
写真の背景に、202SQの記念塗装を施したF15Jが見えます。
2000.09.26に新田原基地所属の202SQ解隊記念式典が催されました。
この日、その記念特別塗装機がサヨナラ飛行しました。 |
2024年10月18日
新田原基地所属の301SQ-F4EJ 415号機は、1989年11月の戦技競技会に際して、かなり派手な塗装を行いました(1枚目写真)。
その後、この機体は、シャークマウスと胴体の「Amigo」の文字を消して飛んでいました(2枚目及び3枚目写真。1990.02.27
撮影)。
1990年の戦技競技会前に再び、415号機に、シャークマウスと胴体に「赤い5星」が復活しました(4枚目写真)。 |
2024年10月18日
| これは1995.11.26及び1996.11.24
に開催された新田原基地航空祭で撮影した301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。 |
2024年10月18日
これは1997.11.30及び2000.11.26に開催された新田原基地航空祭で撮影した301SQ-F4EJ改 315号機の離陸です(1枚目及び2枚目写真)。
この機体はとっても性能が良かったのでしょう!。2019.12.15
に開催された新田原基地航空祭でJASDF-ラストファントム機として飛んでくれました(^^)(3枚目写真)。 |
2024年10月18日
新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 354号機の塗装の変遷です。
1枚目写真 1991.07.25撮影。 まだF4EJでした。ガルグレー塗装。
2枚目写真 1992.11.29 撮影。 F4EJ改になっていました。ガルグレー塗装の上から1992年戦技競技会参加用迷彩塗装。
3枚目写真 1994.08.17 撮影。 F4EJ改。ガルグレー塗装の上から1994年戦技競技会参加用ブルー系艶消しグレー塗装。
4枚目写真 1997.02.04 撮影。 F4EJ改。新制空迷彩塗装。 |
2024年10月18日
築城基地所属304SQ-F4EJ 344号機です。
1枚目写真 1983.11.06 築城基地航空祭で撮影。 この年の戦技競技会参加塗装機。
2枚目〜4枚目写真 1984.01.22 新田原基地航空祭で撮影。 戦技競技会参加用迷彩塗装。
5枚目写真 1984.02.07 新田原基地で撮影。
新田原基地で開催されたDACTに参加。迷彩塗装を剥がし中でした。
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2024年10月18日
1997.10.20に新田原基地で撮影した那覇基地所属の302SQ-F4EJ改です。
百里基地で開催される航空自衛隊観閲式に参加するために、那覇基地から百里基地に向かう途中に新田原基地に5機立ち寄りました。
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2024年10月18日
新田原基地で撮影した築城基地所属304SQ-F4EJ(帯付き)です。
1枚目写真 1984.11.22に撮影。 新田原基地所属202SQのF15Jのために、ダーツターゲットを牽引していました。
2枚目写真 1988.02.16に撮影。 新田原基地で開催されたDACTの参加機です。 |
2024年10月19日
1986年始めに新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 309号機と370号機です。
1986年6月16日、F4EJ 4機が訓練を終えて帰投中に、新田原基地周辺の天候が急変したために、築城基地へのダイバードしました。
この際、この2機は燃料不足のために陸上と海上に墜落しました。 乗員は全員無事だったことが幸いでした。 |
2024年10月19日
1997.10.20に新田原基地で撮影したF4EJ改の離陸です。
この写真の背景にF86やF104が写っています。撮影した時は「デコイかな。」と思いました。
これらの機体は、基地のゲートガードの機体で、このころエプロン横で塗装のメンテナンス作業を行っていました。
この年の航空祭では、これらの機体は、きれいな姿でエプロンに展示されました。
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2024年10月19日
上の写真は、1997.02.24に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 341号機の離陸です。
このころは、旧ガルグレー正式塗装でした。写真の背景の501SQ-RF4EJが見えます。
下の写真は、 2000.12.05 に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 341号機の離陸です。
すでに新制空迷彩塗装になっていました。 |
2024年10月19日
1995.03.011に新田原基地で撮影した、射撃訓練を終えてランディングする301SQ F4EJ 359号機です。
射撃訓練のターゲットになったダーツは海上投棄して、ターゲット装着マシンのみを機体に装着していました。 |
2024年10月19日
1987年夏に新田原基地のRW28エンドで撮影した、離陸を待つ301SQ-F4EJ 378号(上)と、離陸を終えてエプロンに向かうF4EJ 312号機(下)です。
今は、この撮影ポイントはありません(><)。 |
2024年10月19日
| 1999.02.23(上)と2000.02.29(下)に、新田原基地のRW28降りポイントで撮影した301SQ-F4EJ改です。 |
2024年10月19日
新田原基地のRW28エンドに離陸のために向かってくるF4EJ改です。
1枚目写真 1997.05.31 撮影 301SQ-F4EJ改 345号機 。
2枚目写真 1998.04.20 撮影 302SQ-F4EJ改 352号機 。
3枚目写真 1999.05.21 撮影 301SQ-F4EJ改 337号機 。
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2024年10月19日
1985.08.20 に新田原基地で撮影した、大雨の中離着陸する301SQ-F4EJです。
この年の春に、301SQは百里基地から新田原基地に移駐してきました。
このころは、F4がとっても珍しくて、大雨でも新田原基地に通っていました。
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2024年10月19日
1996.03.11 に新田原基地で撮影した那覇基地の302SQ-F4EJの離陸です。
「水路ポイント」では、300mmレンズで真横ショットが撮れました。 |
2024年10月19日
1989.03.01 に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJの離陸です。
「水路ポイント」では、300mmレンズで真横ショットが撮れました。 |
2024年10月20日
1984.05.18に新田原基地で撮影した築城基地から飛来した304SQ-F4EJ 350号機です。
この日、新田原基地の新編された202SQ-F15Jのガン射撃訓練ために、築城基地から飛来してダーツターゲットを牽引していました。 |
2024年10月20日
1991.07.25に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 434号機です。1984.05.18
この日、初めて「改」を見ました。
レンズを覗きながら、「あれは改だよ!。改だよ!。」と大声で叫びながら一緒にいた友人と歓喜してシャッターを押した思い出のショットです。 |
2024年10月20日
1993.02.02に新田原基地で撮影した那覇基地所属の302SQ-F4EJ改 306号機です。
この日、302QのF4EJ改が4機飛行していました。
全機体、ノータンクで軽快そうでした。
F4EJから「改」になって、「ノータンク」姿での飛行はとっても珍しいでした。 |
2024年10月20日
1996.12.03に新田原基地で撮影した小松基地所属の306SQ-F4EJ改 の編隊離陸です。
このころ、航空総隊の総合演習が開催されており、新田原基地には小松基地306SQのF4EJ及び三沢基地3SQのF1戦闘機が数日間展開していました。
306SQは、この後1997年3月にF4EJからF15Jに機種転換しましたので、私にとって306SQのF4EJの姿はこれが見納めとなりました。 |
2024年10月20日
1985.08.末に新田原基地で日米共同訓練が開催され、築城基地からは304SQ-F4EJ及び6SQ-F1戦闘機が展開しました。
これは、304SQの帯付き(識別帯)のF4EJ 426号機です。(1985.08.29撮影。) |
2024年10月20日
上の写真は、1997.02.24に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 329号機です。翼端に黒色の識別塗装を施していました。
下の写真は、1999.04.27に新田原基地で撮影した同機です。この年は、機体全体に識別塗装を施していました。 |
2024年10月20日
| 1986.02.19に新田原基地のRW10エンドで撮影した、離陸のためにタキシーしてきた301SQ-T33Aとそのあとに続く築城基地所属の304SQF4EJです。 |
2024年10月20日
1984.02始めに新田原基地で日米共同訓練が開催され、築城基地からは304SQ-F4EJ及び6SQ-F1戦闘機が展開しました。
1982年、1983年の戦技競技会に参加したF4EJも参加していました。(1984.02.07撮影)
344号機は、機体の迷彩塗装を落としている途中でした。 |
2024年10月20日
1990年ごろに新田原基地で撮影した、ダーツターゲットを牽引した301SQ-F4EJの離陸です。
336号機は、F4EJのまま2000年ごろまで301SQで飛んでいました。 |
2024年10月20日
1986.07.22に新田原基地で撮影した那覇基地から飛来した302SQ-F4EJの編隊離陸です。
那覇基地の207SQーF104Jが閉隊することに伴い、1985年末に千歳基地の302SQ-F4EJが覇基地に移駐しました。
私はこの時まで大きなオジロワシの部隊マークを見たことが無く、この日はお宝ゲットと大喜びしました。 |
2024年10月21日
これは1984.10.24に新田原基地で撮影した築城基地所属の304SQ-F4EJです。
この年の戦技競技会を目にして、戦競迷彩塗装を施した参加機が新田原基地に飛来して訓練していました。
戦競期間中は、これらの機体はさらにエンジンノズルの黒い欺瞞塗装を追加しました(5枚目写真)。 |
2024年10月21日
| これは1997.10.20に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 316号機の離陸です。 |
2024年10月21日
これは1993.02.24に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ改 342号機の離陸です。
この機体は、1992年の戦技競技会参加塗装を機体に施しています。 |
2024年10月21日
| これは1988.08.09に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 393号機の離陸です。 |
2024年10月21日
| これは1997.02.04に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 改 354号機の離陸です。 |
2024年10月21日
| これは1999.02.23に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 改 334号機の離陸です。 |
2024年10月21日
| これは1999.08.31に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 改 341号機の離陸です。 |
2024年10月21日
| これは1998.11.26に新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 365号機の離陸です。 |
2024年10月21日
これは1997.09.10に新田原基地で撮影した三沢基地所属8SQ-F4EJ 350号機と368号機です。
8SQは1997年3月に、F1戦闘機からF4EJ(機体は306SQから転用)に機種変更しました。
この日、クロスカントリーで350号機と2機で新田原基地に飛来しました。
初めて見るパンサーマーク付きのF4に感動で胸が震えました。 |
2024年10月21日
| これは1990.06.06に新田原基地で撮影した、301Sq-F4EJ 354号機の編隊離陸です。 |
2024年10月22日
これは1985年に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJの編隊離陸です。
301SQが百里基地から新田原基地に移駐して間もないころです。 |
2024年10月22日
これは1986.01.28に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJの編隊離陸です。
301SQが百里基地から新田原基地に移駐しおよそ1年目のころです。 |
2024年10月22日
新田原基地所属の301SQ-F4EJ 415号機は、1989年11月の戦技競技会に際して、かなり派手な塗装を行いました(1枚目写真 1989.11.26撮影)。
その後、この機体は、シャークマウスと胴体の「Amigo」の文字を消して飛んでいました(2枚目。1990.06.06
撮影)。
1990年の戦技競技会時に再び、415号機に、シャークマウスと胴体に「赤い5星」が復活しました(3枚目写真 1991.09.10撮影)。 |
2024年10月22日
新田原基地で撮影した301SQ-F4EJ 425号機はの編隊離陸です。
1枚目写真 1986.07.11 撮影。 301SQが百里基地から新田原基地に移駐して1年目のころです。
2枚目写真 1988.02.08撮影。 背景には、日米共同訓練開催中で百里基地から501SQ-RF4Eが展開していました。
3枚目写真 1993.02.02撮影。 425号機は「改」に改修されていました。僚機の338号機は、1992年戦技競技会参加迷彩塗装機です。
4枚目写真 1994.05.09 撮影。 425号機はさらに新制空迷彩塗装になっていました。僚機の384号機は、1994年戦技競技会参加迷彩塗装機です。(ガルグレーの旧正式塗装の上からブルー系グレイ塗装をオーバースプレイしていました。)
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2024年10月22日
これは1993.08.25に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改 434号機の編隊離陸です。
434号機は、1992年戦技競技会参加迷彩塗装機です。 |
2024年10月22日
これは1994.08.17に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
新田原基地がある宮崎県は、8月13日から16日までの4日間は「お盆」の期間に入ります。
お盆は、日本古来の宗教的な伝承で、祖先の霊を祀る一連の行事を行います。
そのため、この期間中は、航空自衛隊の航空機も緊急の場合を除いて飛びません。
当時、戦闘機のことで頭が一杯だった私は、お盆があけるこの日を待って新田原基地に行きました。
真夏のため、入道雲がもくもくと沸き上がっていました。 |
2024年10月22日
1997年に新田原基地で撮影した、301SQ-F4EJ改の編隊離陸です。
1990年半ばに入り、航空自衛隊のF4EJの正式塗装がガルグレー塗装からブルー系グレイの新制空塗装に変更されました。
そのために、新田原基地では、しばらくの間新旧塗装のF4EJが飛ぶ姿を見ることができました。 |
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